"#石田三成"の記事一覧

石田三成の実像 3691 白峰旬氏「『日向記』収載の黒田孝高書状写について―伊東家軍勢による宮崎城攻略は私戦なのか…

 白峰旬氏「『日向記』収載の黒田孝高書状写について―伊東家軍勢による宮崎城攻略は私戦なのか公戦なのかー」の「終わりに」で述べられていることの続きです。  光成準治氏の「九州の関ヶ原」の中で、「東軍勝利の情報に接した伊東⽒が、日向高橋⽒の寝返りを知らずに西軍であると誤認して攻撃したと推測され、伊東⽒の行動は、隣接する西軍荷担大名領を攻撃…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像 3690 阿部哲人氏の講演会「東北の関ヶ原」5 8月3日に「内府ちかひの条々」が直江兼続のもとに届く

 阿部哲人氏の講演会「東北の関ヶ原」の中で、8月4日付の直江兼続書状写(「上杉家記」上杉文書44号)が取り上げられ、「直江兼続(上杉景勝執政)から福島城将への書状」であり、「兼続のもとへ昨日京都より御奉行中の条目・連状の到着」が記されていると説明されていました。  「御奉行中の条目・連状の到着」とは、「内府ちかひの条々」と三奉行による…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像 3689 阿部哲人氏の講演会「東北の関ヶ原」4 上杉氏による越後一揆

阿部哲人氏の講演会「東北の関ヶ原」の中で、慶長5年の家康による会津攻めの際の、8月初頭までの上杉氏の動向について、「防戦の強化態勢・周辺領主の牽制・交渉による包囲網解体の試み」をしつつ、その一方で旧領の越後で一揆を起こしますが、その越後一致について、8月3日付の直江兼続書状写(新潟3228)が取り上げられ、次のように説明されていました。…
コメント:0

続きを読むread more