自作小説「一緒にテニスでも同好会」37 第5章(その8)

 サキは目下ヒットチャートでベストスリーに入っている女性のグループの曲
を歌った。自分でも歌唱力がないと分かっているサキだったが、歌うのは好き
だった。自己陶酔に陥っているだけだと知っていたが、その世界に浸ろうと、
マイクを握り締め、足でリズムを取り、首を振りながら、歌った。みんなの反
応など全く意に介していなかった。
「雰囲気出てるー」
「セクシー!」
 歌い終わったあと、拍手に混じってそういう声が飛んだのに対して、初めて
サキは舌を出して応えた。
 林、相原美佐子、桜井、深町香織、田辺が順番に歌ったが、サキはそれらの
歌を聞きながら、自分の魂がふわっと体から離れてしまっているような錯覚に
とらわれていた。目の前の出来事が現実ではないような、この場にいるのが間
違っている変な気持ちになっていた。彼女は時々そういう思いを抱くことがあ
り、それは今夜のようにみんなで集まってわいわいやっているような場合に多
かった。その雰囲気に溶け込んでいると自分では考えていても、もう一人の冷
静な自分がその様子を冷ややかに見ているせいかもしれなかったが、みんなの
やっていることが空しく思えてきて、無性に寂しくなるのだった。今もそうい
う気持ちに近く、言い知れぬ孤独感に苛まれていた。結局、人間なんて一人ぼ
っちで、他人の生を代わってやることもできないし、代わってもらえることも
できないんだ、カラオケに興じていても人間のこういう根本的な状況はどうし
ようもないんだと妙に沈んだ気持ちになっていた。

この記事へのコメント