自作小説「守護神」123 第32章(その4) 最終 ※注 小説の時代設定は1970年代

「もうすぐ警察が隣りの部屋の家宅捜索に来るんじゃないかな」
「恐れることはないわ。警察に何が分かるもんですか。あなた、隣りの部屋に今日入ったの?」
「うん。あれを盗まれたもんだから、隣りの部屋に入って家探ししたんだ」
「それじゃあ、部屋のあちこちにあなたの指紋が残っているんじゃないの?」
 怜子が心配そうに尋ねた。
「その点は大丈夫さ。警察に聞かれても、下宿のおばさんに頼まれてしたんだと言えば、いいんだ。おばさんは彼を疑っていたからな。テレビや新聞で不審な男のことが出ていただろ。あれは彼のことなんで、おばさんも彼が犯人だと思い込んで、自分に相談を持ちかけてきたのさ。それで彼を見張ることを約束したんだ。犯人が犯人でない者を見張るなんて、おかしな話だがな」
「隣りの部屋に、あなたと関わりのある物は残っていないでしょうね」  
 怜子は冷静だった。木村は彼女のそんな様子に、感心もし恐ろしさを感じもした。
「そうだ。金庫を開けたドライバーが畳の上に転がっていたな」
「それはどこかにしまっておいた方がいいわよ。警察が来てそれを見つけ、一体何に使ったんだろうと調べ始めるかもしれないもんね」
「怜子の言う通りだ。早速実行しよう」
 木村が立ち上がると、怜子も腰を上げ、
「私が廊下を見張っておいてあげるわ。あなたが部屋に入っている間に誰か来たら、知らせるわ」と胸を張って言った。
「すぐ済ませるからいいよ」
「念には念を入れてということがあるわ」
 彼女は花柄のハンカチを彼に手渡して、
「もうこれ以上指紋を残さない方がいいわ。ドライバーもこれで掴むのよ」
 と先に廊下に出て、階段の所まで忍び足で歩いて行くと、下の方をうかがった。彼女がうなずいたので、彼は島津の部屋の戸を開けた。中が暗かったので、彼は摺り足で進み、ハンカチを巻いた手で電灯の紐を引っ張った。さきほどと同じ状態の部屋が出現した。彼はドライバーを拾い、机の引き出しにしまい込むと、再び電灯を消して部屋を出た。怜子はそれを見届けると、ゆっくりと木村の部屋に戻って来た。彼女は木村を見てにっこり笑った。
「もうこれでいいだろ」
 彼は怜子の同意を求めた。
「いいえ、まだよ。その金庫をしまっておきなさいよ。もし万が一警察がこの部屋に入って来たら、不審に思われるでしょ」
『はい、守護神さま』
 木村は心の中でそう呟くことで、自分の気持ちに余裕が出てくるような気がした。彼は幾分愉快になって、机の引き出しに金庫をしまい込んだ。怜子は木村の動作を見ながら、「それでいいのよ」とでも言うように、しきりにうなずいていた。
                                           (了)

この記事へのコメント