自作小説「守護神」49 第13章(その4) ※注 小説の時代設定は1970年代。

「だけど、怠けられる人間というのは幸せだな。やっぱり大学生の気楽さですよ。僕ら浪人は怠けていては大学に落っこちてしまう。そういう大きな代償を払わねばならないんです」 
 島津は嘆息した。 
「確かにそういうことはあるね。その点、俺は怠惰が可能な状況にあると言える。なにしろ、まだ親の脛がかじれるんだから。これ以上親から経済的援助を仰げず、働かねばならない者もいる。また、そういう外的な要因でなく、積極的に社会人として働きたいと思っている者もいる。そういった者にまで怠惰を勧めているわけじゃないんだ。また、いくら勧めてもその社会の人間全員が怠けてしまうなんてことは、ありえない話だからね。いつの世にも勤勉型の人間はいるものさ。   
 ただね俺の主張したいのは、怠惰型人間の生存権なんだ。勤勉型人間だけが有能で、生産性があるわけではないんだということを言いたいんだ」
「じゃあ、この部屋の木村さんはどうですか。勤勉型ですか、怠惰型ですか」   
 島津は興味深げに尋ねた。
「話が具体的になってきたね」
 宮下はちょっと笑った。
「まあ、勤勉型のカテゴリーに入るかな。だが実際の人間になると、そう簡単には振り分けられないんだ。判で押したような勤勉型の人間なんてごく少数だからね。木村も真面目な男で融通性を欠いている面はあるが、怠惰型の要素も全く交じっていないことはない。勤勉型八割、怠惰型二割というのが結論かな。今朝彼に会ったが、珍しく大学をサボるとか言っていたな。今日は怠惰日なのかな。あっはっは」
 島津は考え込むような様子で、宮下の話を聞いていた。いつの間にか灰皿には何本も吸い殻がたまっていた。
「あっ、木村が帰って来たのかな」
 廊下に足音が聞こえた。島津は一瞬はっとしたが、立ち上がる気はなく、覚悟を決めていた。彼はさっき宮下の足音がなぜ聞こえなかったのだろうと不思議に思ったが、それだけ夢中になって探していた証拠だと見なした。部屋の前で足音が止まり、戸が開いた。
「噂をすれば影とやらだ。ようやく主のお帰りだ」
 宮下は陽気に言ったが、木村は島津が宮下と一緒に自分の部屋にいる意外さに、立ちすくんだようになった。
「何をしているんだ。自分の部屋じゃないか。遠慮せずに入れよ」    
 宮下に促されて、木村は中に入った。宮下は自分の部屋ででもあるように、もう一枚座布団を持って来て、木村の前に置いた。  

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