自作小説「守護神」24 第7章(その4) ※注 小説の時代設定は1970年代です

 彼は素直に顔を元に戻すと、腕組みをしてじっとしていた。  
「そうそう、それでいいのよ。でも本当言うとね、結構紳士的だったと感心しているのよ」
「今度は持ち上げかい」
「途中で止めてくれたもんね。最後まで行こうとしたら、断固抵抗するつもりだったのよ。その必要がなくてよかったわ」  
「それはお褒めにあずかってありがとう」
 彼は皮肉っぽく言った。
『怜子もいい気なもんだ。あの時の彼女の様子から言えば、「断固抵抗」なんていうものじゃなかったな。「断固抵抗」する者が、腰を浮かせてスカートをぬがす手伝いをするものか。あのまま続けていたって、抵抗なく受け入れてくれたに違いない。それをこんなふうに言うなんて、女の体裁、気取り以外のなにものでもない。まあ、今日は彼女の思い通りにさせておいてやろう』
「もう、いいわよ。」
 黄色のワンピース姿だった。二十二才の怜子だったが、これを着ると、二十才前に見えた。    
「ねえ、ちょっと、背中のファスナー上げてよ」  
「はいはい。」
 彼は気安く応じたが、『やっぱり情夫みたいだな』と思った。   
 ファスナーを上げた彼は少々癪に障り、その思いを晴らそうとするかのように、彼女の肩に両手を置いて、うなじにキスをした。彼女の体がまたびくっと震えた。彼は直ぐに唇を離した。   
「前科二犯ね」
 怜子は彼を睨み付けたが、彼女自身、なんとなくきまり悪いようだった。彼はしてやったと満足げだった。
「もう出かけられるのかい」
 木村は彼女がバッグを持ったのを見て声をかけた。 
「OKよ。先に出て。電気を消すから」
 彼はドアを開けて廊下に出た。戸口の上の方に「二十三号室、荒井怜子」と書かれた色褪せた紙が貼られていた。明日の結果如何では、この表札を見るのもこれが最後になるかもしれないと彼は思い、無性に淋しくなった。   
 彼女が出て来た。ドアがバタンと閉まった。その音の激しさが、彼の心を毅然とさせた。
『大丈夫さ、成功するさ』と自分に強く言い聞かせ、感傷的な気持ちを振り払った。

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