自作小説「守護神」26 第8章(その2) ※注 小説の時代設定は1970年代です

「あれをごらん。杭に葉が引っ掛かっているだろ」
「それがどうしたの」
 彼女はまだ腑に落ちない様子だった。
「川の水は流れて行って、とどまることを知らないだろ。古典にもあったじゃないか、『ゆく川の流れはたえずして、しかももとの水にあらず』って」
「ああ、鴨長明の『方丈記』ね。その川の話、もちろん一般的なことを言っているんだけど、モデルは確か鴨川だったんじゃない。いえ、宇治川だったかな。ともかく京都の川には違いないわ」    
「それはどうでもいいけど、川の流れはうつろいやすい現実の姿を表していると思うんだ。それに対して、杭はそういう物を超越した絶対的なもの、あるいは永遠なものの象徴なんだ。だから、杭につがみ付いているあの枯れ葉は、そういう絶対的なもの、永遠なものを必死で求めている人間そのものなんだ。現実に流されず、けなげに不動のものを追い求めている人間の姿を、その枯れ葉に見る思いがして感動したんだ。あの枯れ葉にしたら、杭にしがみ付いて川の流れに抵抗するよりも、力を抜いて流れに身を任せる方が、ずっと楽に違いないんだ。それをそうせずに、あくまで頑張っているところがいいわけだ」
 いささか興奮した口ぶりで話している木村を、怜子は半ば呆れ、半ば面白がって見ていた。怜子は彼を促すように歩きだしながら、教師が生徒に話すように言った。
「なかなかユニークなことを言うじゃない。哲学的というか、文学的というか、ともかく理系のあなた、四、六時中研究室にこもって科学の研究にばかり取り組んでいるあなたとしては上出来よ。でも、私は賛成しかねるわ、あなたの意見に。あれはしがみ付いているんじゃなくて、杭から逃れようとして、それが果たせない姿と思うわ。杭の方が離れようとしないのよ。私はあの葉が女性で、杭が男性のような気がするわ」    
「驚いたね。杭が男性なんて、そういう性的な連想を怜子がするなんて」 
 彼が茶々を入れるように言うと、怜子は顔を真っ赤にし、彼の肩を軽く打った。
「まあ、嫌ねえ。あなたこそ下品なことを考えて。アパートで言った紳士的という言葉は取り消しよ。朝の振る舞いが、やっぱりあなたの本質だったのね」
「話を逸らさないでくれよ。それなら、なぜ枯れ葉が女性で、杭が男性なんだい」

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