自作小説「守護神」25 第8章(その1) ※注 小説の時代設定は1970年代です

 「近い将来、この下を電車が走ることになるんでしょ」
「そうだね、出町柳と三条が地下でつながったら、随分便利になるね。もっとも、僕らには関係のない話だけど」
「そうね、お互いにあと何ケ月かの命だもんね、京都生活も」   
 怜子はしみじみとした口調で言った。
「電車が通じたら、君のアパートから三条まで三十分ぐらいで行けるはずだ。でも怜子にしたら、今のままでよかったんだよ。電車が走っていたら、こうして鴨川を歩こうなんて、風流なことはしなかっただろうからね。人間、安易な方に流れる習性があるもんな」
「それはおかしいわね。今だって、バスに乗って三条まで出ようと思えばできたわけなんだから」   
「いや、やっぱり違うよ。今は電車とバスの乗り継ぎだろ。電車だけで行けるようになれば、わざわざ途中で降りてまで歩く奴なんて、いなくなるさ」
「そうかしら」
 まだ時間が充分あるし、お腹を減らすためにいいから、鴨川をぶらぶら散歩しながら行こうと言い出したのは怜子の方で、木村も別に異を唱えなかったが、心の中では、そういう彼女を苦々しく思ったり、苦々しく思う自分の気持ちを分析したりしていた。  
『もっともらしいことを言っているが、要は、二人で鴨川を歩きたいわけさ。恋人と鴨川を歩くことによって、ロマンチックなムードに浸れると錯覚しているんだ。そういう点では、彼女もミーハーたちと変わりないんじゃないか。
 だが、今日は彼女に対して、いつもより批判的過ぎるな。守護神のせいだろう。いや、それだけじゃない。明日のことで自分自身苛立って、物事を悲観的に見るあまり、彼女に辛い点数を付け、一層自分の気持ちを追い込んでいるのかもしれない。小心な自分の悪い性癖だ。もっと彼女を冷静に見てやらなくては』
 川の流れはゆるやかで、静けさを保っていた。川岸に近く、杭が一本、にゅっと突き出たように立っていて、そこに枯れ葉が一枚絡み付いていた。流れがその枯れ葉を運び去ろうとするのだが、その葉は杭にしがみ付いて離れず、いつまでも徒労を繰り返していた。彼は立ち止まって、そのさまをじっと見つめた。
「どうしたの」
 怜子はきょとんとして尋ねた。

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