自作小説「守護神」13 第5章(その2) ※注 小説の時代設定は1970年代です
『そうか、あの女と同じ眼をどこかで見たように思ったが、この駅員の眼だったんだ。怜子の所へ行く時に何気なく見ていたに違いない。あんな眼は生活に疲れ切っている者が無意識に見せる素顔みたいなもんで、本来はそんなものを他人が見てはいけないのかもしれない。
しかし、そんな眼に気づくことに、守護神を持っている意義があるんだ。気づくことによって、自分もそうならないように戒めるんだ』
ホームに電車が入っていた。一両だけのその電車は、彼の故郷の市電と同じような形をしており、彼は乗るたびに心安らぐ思いがするのだった。車内は空いており、ぽつんぽつんとしか人は座っていなかった。彼は真ん中の座席に腰を下ろした。
斜め前に若い男女が並んで座っていた。揃いの青いセーターを着、同じ紺のジーパンをはいて、手をつないだまま、顔を近づけあって、ぼそぼそと話をしていた。木村には男の方は横顔しか見えなかったが、女の方は魅せられたような、うっとりした眼を相手に向けているのが分かった。それはまさに忘我の状態だったが、彼にはそれが美しいものには見えず、嫌悪感をさえ覚えた。
『あれは恋に溺れている眼だ。自分自身をすべて相手に委ねてしまっている。確かにそれは恋の極致と言えるかもしれないが、自分にそんな恋はできないし、したくもない。相手からされたくもない。あれだけ依存されては到底やり切れない。初めはいいかもしれないが、いつか鼻につくに決まっている。女性も自分を持っていなくては駄目だ。その点、怜子は及第だ。
だが、問題は彼女の我がどういう種類のものであるかだ。自分の我と同じものなのか、同じということは実際ありえないとしても、それを受け入れてくれる(しかも受動的にではなく、主体的に)性質のものなのか。つまりは、自分の守護神を彼女が認めてくれるかどうかなのだ。自分と彼女があの守護神を通じて結ばれる、それが理想なのだ。自分を全く殺してしまう所に、守護神の存在なんてありえないんだ。確かにこの女も守護神の存在を認めてくれるかもしれないが、盲目的に従うだけだ。守護神の意義を承知した上のことじゃない。それでは結局、何にもならないんだ』
発車のベルが鳴り、まもなく電車がガタンと揺れて動き出した。座席は大分埋まっていた。顔にくっつけるようにして夢中で漫画を読んでいる学生、買物袋を膝の上に乗せ窓の外の景色を眺めている主婦、目を閉じて腕組みしている中年男、その他いろんな人がいたが、互いに没交渉だった。
しかし、そんな眼に気づくことに、守護神を持っている意義があるんだ。気づくことによって、自分もそうならないように戒めるんだ』
ホームに電車が入っていた。一両だけのその電車は、彼の故郷の市電と同じような形をしており、彼は乗るたびに心安らぐ思いがするのだった。車内は空いており、ぽつんぽつんとしか人は座っていなかった。彼は真ん中の座席に腰を下ろした。
斜め前に若い男女が並んで座っていた。揃いの青いセーターを着、同じ紺のジーパンをはいて、手をつないだまま、顔を近づけあって、ぼそぼそと話をしていた。木村には男の方は横顔しか見えなかったが、女の方は魅せられたような、うっとりした眼を相手に向けているのが分かった。それはまさに忘我の状態だったが、彼にはそれが美しいものには見えず、嫌悪感をさえ覚えた。
『あれは恋に溺れている眼だ。自分自身をすべて相手に委ねてしまっている。確かにそれは恋の極致と言えるかもしれないが、自分にそんな恋はできないし、したくもない。相手からされたくもない。あれだけ依存されては到底やり切れない。初めはいいかもしれないが、いつか鼻につくに決まっている。女性も自分を持っていなくては駄目だ。その点、怜子は及第だ。
だが、問題は彼女の我がどういう種類のものであるかだ。自分の我と同じものなのか、同じということは実際ありえないとしても、それを受け入れてくれる(しかも受動的にではなく、主体的に)性質のものなのか。つまりは、自分の守護神を彼女が認めてくれるかどうかなのだ。自分と彼女があの守護神を通じて結ばれる、それが理想なのだ。自分を全く殺してしまう所に、守護神の存在なんてありえないんだ。確かにこの女も守護神の存在を認めてくれるかもしれないが、盲目的に従うだけだ。守護神の意義を承知した上のことじゃない。それでは結局、何にもならないんだ』
発車のベルが鳴り、まもなく電車がガタンと揺れて動き出した。座席は大分埋まっていた。顔にくっつけるようにして夢中で漫画を読んでいる学生、買物袋を膝の上に乗せ窓の外の景色を眺めている主婦、目を閉じて腕組みしている中年男、その他いろんな人がいたが、互いに没交渉だった。
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