フランス文学探訪106 ノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノー氏の小説「シンプルな情熱」について2(2007年記事の再録)

img20221009_18052948.jpg 写真はアニー・エルノー氏がノーベル文学賞を受賞したことを記した朝日新聞記事ですが、エルノー氏の功績について、「作品の中でジェンダーや言語、階級による大きな格差によって特徴づけられる人生を、一貫して、様々な角度から検証してきた」と述べられていることが特に印象に残りました。彼女の文学が評価されたのも、時代の要請ではないかという気がします。
 さて、アニー・エルノー氏の小説「シンプルな情熱」についての、20年前に書いた拙文(拙ブログ記事は15年前に掲載)の続きです(文中の敬称略)。

「私」は男が訪ねてくれることだけを待ち、彼以外のことは考えられなくなっています。情熱的な恋に身を焦がし、ここまで一途になれるのかと思われるほど、「私」は相手に夢中ですし、彼との情事だけに生きていると言っても過言ではありません。子供のことも眼中になくなるほどであり、まさに自分は動物だと認識してしまうのです。そのような熟女のすさまじい情念が描かれているのですが、しかし、相手は所詮、妻子がある存在であり、待つという受動的なことしか「私」にはできないのです。彼の妻に嫉妬を燃やしますし、彼が自分のことばかり考えているのではないという事実に苦しめられます。
 彼はフランスから自分の国に戻ってしまい、彼に会えない期間が半年余り続きます。鬱屈した思いで日々を過ごし、彼と別れることを考えもします。91年2月、湾岸戦争が起こった直後、久しぶりに彼がパリにやって来て、電話があり彼に会いましたが、それ一度のことであり、3日後にはまた自分の国に帰ってしまいましたから、「私」には彼と会ったことが現実ではない気がしたほどです。しかし、それを「私」は後悔していません。彼と関係を結ぶことによって、他人との関係を越えることができたのであり、その点で「私」は幸せだったのです。今までとは違う時間の流れを感じ、どこまで自分が狂おしくなれるものか、ある意味ではみっともないが、そういう究極の恋を味わうことが出来たのです。激しい恋を生きることが今の自分の贅沢だと結んで、この小説は終わります。妻子ある外国の男との不毛な恋と普通は考えがちですが、「私」は一時期だけにせよ、そういうすべてをなげうって男に溺れた情愛を経験できたことを誇りにしているのです。
 書くという行為が、作者にとって、恋を追体験しその時の感覚を取り戻すことにつながっていると同時に、カタルシスになっている点も否めません。他の作品でも、自分の体験や両親の体験をありのままに書くことで(むろん、小説的な潤色は加えているでしょうが)、危機を乗り越え、新たな道に一歩踏み出すことができたのです。この作品の中で、恋に生きているさまは、一冊の本を書く行為に似ていると「私」は述べています。各場面を成功させるという要請、細部への気遣い、それに情熱の果てまで行けば死ねるように、この本を最後まで書き上げれば死んでもいいとまで思えてしまうのです。究極の愛については渡辺淳一が「失楽園」や「愛の流刑地」で描いていますが、そこまで極端に走る怖さを情念は持っています。
 ところで、この作品では、一度書く行為を中断したということになっており、それは事実かもしれません。90年の5月に「私」はペンを措いているのですが、彼の訪れをひたすら待つようになったのは、89年の9月からでした。91年の2月に再び書き始めたのですが、そのきっかけとなったのは、彼との久しぶりの逢瀬でした。しかし、それは1回きりのことでしかありません。その1回きりのことが、「私」に加筆という行為をさせて、恋に生きることが贅沢とまで言わしめるのです。
 恋の普遍性を描いた作品であるものの、その時代を感じさせる要素はちらちらと入っています。湾岸戦争もそうですが、ベルリンの壁の崩壊、ルーマニアの大統領チャウシェスクの処刑などについての言及があります。恋人が東欧の外交官だったこととも関連性があるのでしょう。
 私は小説はフィクションであるべきであり、日本特有の私小説的な志向が、日本文学の幅を狭くしてきたと思っているのですが、逆にフィクション主流のフランス文学にあって、こういう私小説的な作家がいても悪くないという気がしています。それに作家と高校教師という二足のわらじをはいていることにも親近感を覚えます。

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