京都探訪388 「千總ギャラリー」の「伊庭靖子展」と「千總の屏風祭展」 衣棚通の廣野了頓邸跡碑

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 8月26日、1ヶ月半ぶりに妻と外出し「千總(ちそう)ギャラリー」を訪ねました。一緒に近くのスーパーへ買い物は行くことはよくありますが。「伊庭靖子展」と「千總の屏風祭展」が開かれていました。展示されていた伊庭氏の作品は、いずれも全体的にはおぼろげな、もやみたいなものがかかっている中に、自然の風景やオブジェが繊細なタッチで描かれていました。独特の質感があり、大きな世界も小さな世界も心に響いてくるものがありました。
 「屏風祭展」の方は120年前に「千總」が、祇園祭の「屏風祭」の際に公開したものです。大きな屏風が四点、展示されていました。そのうち、「やすらい祭図」は、今宮神社の祭りの際の人々の様子が、躍動感を持って描かれています。一人一人動作が違い、生き生きとした感じを受けますし、ユーモラスでもあります。「牛馬図」も、動物それぞれがリアリティあふれるものでした。海北友松が描いたと伝わる「琴棋書画図」もありました。「千總」は1555年の創業であり、所蔵している屏風にも、伝統の重みがひしひしと感じられました。
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 三条通に面している「千總」を出て、室町通と新町通の間にある細い路地の衣棚通を初めて通りました。途中に、廣野了頓邸跡碑が建っています。廣野家は、代々足利家の家臣であり、この付近に屋敷がありました。その子孫である了頓は茶亭を作り、秀吉が訪れた時、茶でもてなし、280石を与えられます。「言経卿記」に、文禄3年5月11日に家康が了頓邸を訪ね、その時の茶会に、言経、古田織部が同席したことが記されていること、了頓は江戸時代には400石が与えられたこと、この付近は了頓図子(ずし 小路の意)町と呼ばれていることなどが、説明掲示板に記されています。
京都の町を散策していると、思わぬところにいろいろな時代の旧跡が発見できるちょっとした喜びがあります。

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