京都探訪370 本能寺の変の際、信忠が泊まった妙覚寺・日蓮上人の遺命を受けて、弟子の日像上人が京都布教のために創建した妙蓮寺

DSCF0003.JPGDSCF0008.JPG 本法寺へは、地下鉄鞍馬口駅から西に歩いて行きましたが、その途中に妙覚寺にも少し立ち寄りました。門前の桜が鮮やかで、目を引きました。境内には、ユキヤナギの白い花がたくさん咲いていて、心が洗われるようでした。本法寺も妙覚寺も日蓮宗の寺ですが、この後に訪ねた妙蓮寺も日蓮宗の寺です。
 妙覚寺は、本能寺の変の際、織田信長の嫡男信忠が泊まった寺ですが、その時の場所は今と違います。本能寺も同様で、その後、秀吉が京都改造で、寺の位置を現在の地に移しました。信長と信忠が同時に京都に泊まったので、明智光秀は彼らを討つことを決意したのでしょうし、そういう意味では信長は油断していたと言えます。当時、織田家の家督は信忠に譲られていましたから、信長も信忠も同じ所にいたというのは、客観的に見れば、大きなミスでした。二人が全く離れたところにいれば、光秀は彼らを討つことは考えなかった可能性もありますし、光秀はあらかじめ周到な計画を練っていたわけではなく、彼らが共に京にいることを知って突発的に討つことを決心したとも考えられます。ちなみに、当時の妙覚寺は室町小路に面しており、当時の本能寺の北東の位置にありました。
 DSCF0054.JPGDSCF0064.JPGDSCF0057.JPG 堀川通をはさんで、本法寺の西側に妙蓮寺があります。ここの桜も満開でした。桜の木のところで、結婚衣装を着たカップルの撮影が行われており、一層華やいだ感じを受けました。日蓮宗の大本山である妙蓮寺は、日蓮上人の遺命を受けて、弟子の日像上人が、京都布教のために創建したものです。秀吉の時代になって、聚楽第を造営するために今の場所に移転させられました。境内に日蓮上人の像が建っていますが、そのそばの桜の花も見事に咲いており、上人像とよく調和していました。

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