フランス文学探訪88 ジイド「法王庁の抜穴」4 ドストエフスキイの影響・人間の奥底に潜む闇

 ラフカジオの人物造型には、多分にドストエフスキイの影響があると思われます。ドストエフスキイをフランスに初めて紹介したのは、ジイドでしたし、ラフカジオと「罪と罰」のラスコーリニコフには共通点があります。両者共に殺人を犯します。ラスコーリニコフの方は、英雄には人を殺す権利があり、自分がそうであるかを確かめるために、金貸しの老女を殺すのですが、彼によれば、人類には英雄と一般人のニ種類あると言います。
 ラフカジオやプロトスは学生時代、自分たちは人に同じ顔は見せない「利口者」という種族であると特別視していました。人間の奥底に潜む闇の部分を掘り下げて描いたのがドストエフスキイですが、ジイドもその影響を受けて、そういう悪の権化みたいな人物を創り上げました。もっとも、ラスコーリニコフにしても、実際殺人を犯したことで、彼の理論が証明されるどころか、罪の意識を覚えて苦悩の道を歩むことになります。ラフカジオも同様であって、心は決して平静なままではありませんでした。ラスコーリニコフの心の救済にソーニャという女性の存在が必要であったように、ラフカジオにもジュヌビエーブという女性が絡んできますが、彼の心が彼女によってどれだけ救済されたかは明らかではなく、中途半端なまま物語は終わっています。「罪と罰」では主人公の苦悩に焦点が合わされているのに対して、「法王庁の抜穴」では表面的なものにとどまり、掘り下げられていません。ここのところも、多分に大衆小説的です。
 ジイドのストーリーテラーとしての面目躍如たるところがあり、退屈しませんし、ぐいぐい読者を引っ張ってゆく力がある作品です。法王が偽者だとして救出活動のために信者から金を騙し取る「百足組」のような詐欺集団は当時実際にいたようですし、そういう事件を元にしてジイドはこういう作品を作り上げたのでしょう。むろん、法王庁や教会を茶化したようなこの作品に対して、痛烈な批判が浴びせられもしました。
  なお、「法王庁の抜穴」とは、近くのサンタンジェロ城までの地下の抜穴のことで、これは実際にあるそうです。映画「ローマの休日」の中に、夜の川沿いの野外パーティで王女が大暴れする場面がありましたが、あの背景に大きく聳えていたのがサンタンジェロ城です。
(2003年07月13日 公開)

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